【のべらっくす】クリスマスのばかやろう

 

前回に引き続き、参加したいと思います。

テーマは「クリスマス・年末年始行事」。2687文字です。

 


【第3回】短編小説の集い 投稿作品一覧 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 

クリスマスのばかやろう

 

「ケナゲさんから、今年も予約があったよ」

 クリスマス・イブ。

 東京・麻布十番のフレンチレストラン「ブラッセリーK」の従業員たちの間で、毎年話題になる客がいる。ケナゲさんは、見た目は30代後半、身長180センチほどのすらりとした体型で、ダブルのスーツを着こなしている。カップルで満席の店内でも、彼の状況を知らなければ、決して浮くことのない紳士然としたイケメンだ。

 

 ケナゲさんは、毎年イブの夜に2人分の予約を入れてくる。来店すると、テーブルの上に真っ赤なバラの花束を置いて。いかにも愛する恋人に、情熱的なプロポーズを決めそうな風情で待っている。大通りに面した店の窓からは、緑・赤・黄のライトが輝くクリスマス仕様の東京タワーが間近に見える。

 

 厨房では、愛し合う二人がそろうのを、当店自慢の料理たちが今や遅しと待っている。

なのになのに。来ないのだ。ケナゲさんのテーブルには愛する彼女(あくまで従業員の空想だが)は、一向に姿を現さない。そんな悲劇も1度だけなら「イブにかわいそうなイケメンがいたね」といっとき話題になるだけだっただろう。

 

 しかし、ケナゲさんの「一人きりのイブ」は、もう4年も続いている。 予約を入れては、待ちぼうけ、の繰り返し。

 

 「本当に誰かを待っているのか」 「もしかして、妄想に取り付かれた『変な人』なんじゃない」。さまざまな憶測が飛び交ってきた。ともかく、20席ほどがすべてカップルで埋まる店内で一人、何時間も待ち続ける気持ちは察するに余りある。「ぼっちイブ」の最終形、マゾ的とも思える。

 

 予約のときには「林田」と名乗っているが、見ていて切なくなる健気な様子に「ケナゲさん」のあだなは、すっかり定着してしまった。従業員はもちろん平静を装ってはいるが、それとなく好奇と疑惑の視線をケナゲさんに向けてしまうのは、無理からぬことだった。

 

 そして今年。5年目のクリスマス・イブの夜。

「ブラッセリーK」に務める大野京子がレジ横に立っていると、入り口からケナゲさんが入ってきた。「来たー!」と心中で叫んでしまう。

 

 京子がケナゲさんと会うのは、これで5回目。つまり京子もまた、28歳までの5年間のクリスマス・イブを良い人と過ごすこともなく、仕事で潰してきたのだった。彼氏がいる他の従業員に「私、予定がないから」と宣言して。率先してシフトに入って。親切な先輩のふりをして。

 

 クリスマスのばかやろう。

 

 本当は私だって、彼氏がいれば一緒に過ごしたい。でも、春に始まった恋も、毎年クリスマスにはすっかり溶けきっているのだ。

 

 テーブルに案内すると、ケナゲさんは例年と同じように「人を待ってるんで、来たら料理を運んでください」と言った。2人分のコース、合計2万6千円なり。多分、食べられることのない料理。

 

 案内を終えると、フロアの隅に立っている同い年の従業員、吉田友美と目があった。 彼女も、ケナゲさんの動向が気になっているようだ。友美に近づき、話しかける。 「今年も『人を待ってる』だってさ」 。京子の報告を聞いて、客席からは見えない柱の陰で、友美がべえっと舌を出す。「バカな客。毎年お金を無駄にしてさ。そんなら、料理代を私らに寄付しろっての」

 

 口が悪い友美は私の同志だ。 数年前、友美を悲劇が襲った。

「立てないくらいの風邪」を理由に、彼氏からクリスマス・イブのデートをドタキャンされた。友美が不審に思い、彼氏の部屋に合鍵で入ってみると、サンタとトナカイよろしく、彼氏が見知らぬ裸の女の上に馬乗りになっていた。(あ、サンタはトナカイにソリを引かせてるだけか)

 

 呆然とする友美に、彼氏が女の腰をつかみながら発した一言。

「メリークリスマス」

を彼女は、生涯忘れることがないだろうと言う。

以来、友美はクリスマス・イブには怠ることなく、京子とともに仕事に励んでいる。

 

 ケナゲさんは、水だけを飲んで、ぼんやりと夜景を眺めている。にぎわう店内。毎年のこととはいえ一人で緊張しているのか、ケナゲさんのコップの水かさはすぐ減っていく。

 

 友美はケナゲさんを「怪しい人」と思っているようで、あまり近寄らない。自然、京子が水を注ぎに行くことが多くなる。 京子は水差しを手に、テーブルに近づいた。ケナゲさんが見つめる先では、東京タワーが相変わらず色とりどりのライトを光らせている。

 

 ぽつりとケナゲさんが言葉を発したのは、京子がコップに水を注ぎ終えようか、というタイミングだった。

「東京タワーとクリスマスは、切っても切れない縁があるんです」

京子ははっとして、言葉を返していた。

「それは、その、赤と白で塗り分けられているからですか」

ケナゲさんは、ゆっくりと首を振る。

「つまんないことなんですよ」と前置きをして。

「東京タワーが初めて一般公開されたのが56年前。1958年の12月24日なんです。僕のおじいちゃんがね、どうしても見たいって長蛇の列に並んで。その間に病院でおばあちゃんが、僕の母親を生んだんだって」

ケナゲさんは一拍置いて、自嘲気味に口元をほころばせる。

「おばあちゃんから、いつも『あんたは女を裏切るような男になっちゃだめ』って言われてたなあ」

 

 笑うと、少し若く見える。30代前半くらい?

「ごめん。話し相手がいないと、うんちくばかり思い出してしまって」

京子はくすりと笑った。

「ワインはいかがですか?」

ケナゲさんは、手を小さく振った。

「いえ、僕は許しを待っている身だから」。

「許し? それはキリスト教的な……例えば神様の?」

 

 京子はクリスマスにあまりに場違いな「許し」の意味が分からず、思わず聞いてしまった。客の身の上に踏み込むことは、普段は決してしないことなのだが。

「いえ、そうじゃありません。人からの許しを待っているんです」

ケナゲさんは、ふうとため息をついた。

「まあ、寛容な神様なら、もっと早く許してくれたのかもしれませんけど。僕はかつて、それだけの大きな過ちを犯してしまった」

ケナゲさんの目元に、うっすらと涙が浮かぶ。 慰めの言葉をかけようとしたとき、京子の隣に誰かが立った。

 

 振り返ると、前菜の皿を手にした友美だった。 5年間、ケナゲさんのテーブルに、一度も運ばれることのなかった料理だ。

なぜ? まさか、待ち人がついにやってきたのか。

京子は思わず、店内に目を走らせてしまう。変わった様子はない。

 

 友美は静かに二人分の前菜の皿をテーブルに置くと、 「お食事の邪魔になりますので」 と言った。空になった腕で、テーブルの上の花束を抱きしめるようにすくい上げた。

そして、友美は小さくつぶやいた。

「5年間も。毎年来てんじゃねえよ。ばかやろう」

 

 クリスマスツリーの先端で輝く星のような笑顔が、不安げだったケナゲさんの顔に広がった。

ああそうか。ケナゲさんは友美に、クリスマス・イブの過ちを無言で謝り続けていたのだ。

 

 来年のイブ、ケナゲさんは店に来ないだろう。そして友美も。

ああ、もう。クリスマスのばかやろう。

 

(了)

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