「のべらっくす」に参加します。

【第2回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 

面白い取り組みを見つけたので、参加しようと思います。

テーマは「星」。4602文字です。

 

「10万キロの彼方から」

 会見場の記者席から、まるで星々がきらめくように、一斉に無数のフラッシュがたかれた。

 きれいだな。

 そんな風に思ったのは、これから始まる記者会見からの現実逃避なのかもしれない。舞台袖でウルトラパワー社の広報部員、園田翔子は壇上をじっと見ていた。

 壇上に出て来たのは、携帯電話から建設会社まで数百社を傘下に収めるウルトラパワー社の創業者、鴨志田豪蔵だ。黒々と焼けた肌からは、55歳とは思えぬ精気がみなぎり、周りに陽炎でも発生しそうだ。

 鴨志田がマイクをにぎる。

 「10兆円をかけた夢のプロジェクトが、ついに完成を迎えます。今年2050年をもって、日本の宇宙開発は劇的に変わる」

 鴨志田の頭上に「宇宙エレベーター完成予想図」という文字の巨大ホログラムが表示される。

 すぐさま空中に、映像が現れる。宇宙空間から垂れ下がった長大なケーブルが、海上に浮かぶドーム球場のような建造物につながっている。リニア新幹線の先頭車両を縦にしたような昇降機が、ケーブルを伝って行き来している。

 翔子の隣で、同じく広報部員の広野太陽が、両手を合わせて祈りのポーズをとる。

「頼むぜ、社長。今日はワンマンを押さえてくれよ」

「大事なのは、不条理をこらえる忍耐ですよ。広野さん。忍耐!」

「俺が切れそうになったら……そのときは頼む!」

 翔子は苦笑いしてしまう。広野は、理屈に合わないことは、許せないたちだ。

 翔子より5つ年上の33歳。もともとは先端建築の技術者だ。宇宙エレベーターの建設が進むにつれて、広報部にも専門知識をもつ人材が必要になり、2年前に異動してきた。畑違いの部署に来たのに、持ち前の熱さは衰えることがない。

 壇上では、鴨志田が話し続けている。招待客の科学技術庁長官もいるのに、一向に話をふる気配がない。

 「宇宙エレベーターの完成。それは革命です。太平洋上から、わずか5日間で、上空10万キロの宇宙空間に大量の人や物資を運べるんですよ」

 鴨志田、誇らしげにほほえむ。

人工衛星や火星探査機も、エレベーターの先端から手軽に打ち出せるようになります。宇宙観光や宇宙農業など、新たな産業も次々と生まれるでしょう」

 我慢の限界を超えた広野が、胸元のマイクに伝える。

「まずは長官から祝いの言葉をもらうはずだろ!すぐ社長に話を止めさせろ!」

 司会の男が、慌てて鴨志田にメモを見せる。鴨志田は、話の腰を折られた不愉快さを一瞬顔に浮かべたあと

「ああ、そうだった。計画実現には国の力強い後押しも、いただきました」

 放置されて顔が引きつっていた長官が、慌てて一礼する。翔子がほっと息をついたのもつかの間、鴨志田が言い放つ。

「むろん、金を出したのは我が社ですけどね」

「あんにゃろ」

 壇上に飛び出そうとする広野。

「広野さん、忍耐ぃぃぃぃ」

 翔子は、慌てて広野の背中に組みついた。この会見どうなるんだろう。かすかな不安ほど、最悪な形で的中する。本当の修羅場はそれからだった。

 30分後。まだ、鴨志田の話は続いている。広野が吐き出すように言った。

「いい加減、質疑応答に移りましょう」

 最前列の大手経済紙の記者が、口火を切る。

「残すは宇宙エレベーターの初稼働の公開ですが、社長、お得意のサプライズはありませんか」

 鴨志田がしばらくあごに手をあてて考えたあと、にやりとする。

「宇宙から下がっているケーブル。あれを海上の施設につなぎ止める瞬間も、公開しましょう。宇宙と地球が初めてつながる日、ロマンがあるでしょう」

 会見場の記者たちがざわめく。

「ふざけるなあああ!」

 広野がこめかみに青筋を立てて毒づく。声が壇上に漏れたのだろう。鴨志田が、怪訝そうに舞台袖を見やった。

 

 

 会見後、翔子と広野は、大慌てで鴨志田を追いかけた。重役フロアの廊下。周りを囲む秘書たちをかき分け、何とか隣に並ぶ。

 広野が顔を鴨志田の耳に近づけて言う。

「社長、ケーブルをつなぐ瞬間を公開だなんて、無理です!撤回の広報文を出しましょう!」

 鴨志田は顔を向けもしない。

「釣り針に魚を引っかけるようなもんだろ。撤回などすれば、私の有言実行のイメージに傷がつく」

「宇宙空間からの長さ10万キロのケーブルですよ。繊細な作業なんです。接続は無風で、海が穏やかな日にしかできません。記者を集めた日に、都合良く好条件がそろうとは思えません」

 鴨志田が、猛禽のような鋭い目で、翔子と広野に初めて目を向けた。

「それを何とかするのが、広報部員の仕事だろ!精鋭を集めたつもりだったが、見込み違いのようだな」

 鴨志田が二人を振り切るように、足を速めて去っていった。

 

 

 ケーブル接続の公開日。案の定、太平洋は、接近した台風の影響で荒れ狂っていた。

 野球ドームを、全方向に2〜3倍大きくしたような巨大な海上施設の一角。マスコミ向けの待機室には、記者やカメラマンがひしめいていた。

 一向に収まらない雨と風。記者団から、非難の声があがる。

「現場中継もできない、ケーブル接続の見通しも立たない。太平洋上にまで呼んでおいて、手ぶらで帰れなんて言わないですよね」

 翔子が頭を下げる。

「すみません。台風はもう少しで通過します。あと少しですから」

「さっきから待ち続けてるんだよ!」

 翔子が肩を震わせて、うつむく。そのとき、胸ポケットの携帯が震え始めた。着信音は古いディズニー映画の主題歌だった「星に願いを」。

 宇宙エレベーターの無事な完成を祈って、広報部に来たときに設定した。広野には「子供っぽい」とからかわれたが、翔子はゲン担ぎにこだわるタイプだった。しかし今は、その甘い調べがうらめしい。

 どうせ、マスコミから苦情を受けた本社からの「お小言」だろう。早く出ないと……。でも、今携帯に出れば、周りの記者団の怒りに油を注ぐことになりかねない。

「忍耐、忍耐」

 翔子は心の中で何度も唱えた。なんだか頭の中がぐるぐるしてくる。着信音も鳴り止まない。

 隣では広野までもが

星に願いを。星に願いを」

 とつぶやき始めた。何か考えているようだが、混乱しているのかもしれない。

 ああ、もうだめかも……。すると突然、広野が記者団の前に進み出た。大声で話し始める。

「みなさん、とにかく雲間さえ見えれば、満足ゆく映像が撮れるようにします」

 翔子が、ぽかんと口を開けて広野の方を見る。記者がどなる。

「雲だけ少々晴れたって……天気予報は海の荒れは当分おさまらんと言ってるぞ!」

 広野が「大丈夫です」と繰り返すのを見ていると、翔子の心も不思議と落ち着いてきた。

 窓の外が、薄暗くなり始めた。待機室では、待ちくたびれた記者団が床に座り込んでいる。まるで火薬庫だ。いつ記者たちの不満が大爆発するか。

 窓の外を眺めていた翔子の視界に、真っ赤な夕焼けが現れた。まだ海は荒れ模様だが、雲が途切れ始めたのだ。

 広野も気づいたようだ。大声で呼びかける。

「皆さん、外に出てください」

 広野と翔子のあとに、記者団がぞろぞろとついてくる。

 翔子、隣を歩く広野に小声で尋ねる。

「どうするんですか、広野さん」

「宇宙空間の工事班は、俺の古巣だ。もう話はつけてある」

「話って、何のですか」

「記者サマを驚かす、宇宙ショーだ」

 

 

 ドーム状に膨らんだ屋根の上、カッパのお皿のようなテラスに、記者団が出てくる。

 空から降りているケーブルの先端は、施設から30キロは離れていそうだった。本来なら波の静かな日を待って、海に浮かぶ施設を巨大な亀のようにゆっくりと引っ張って、接続作業をするのだが。

 広野がマイクで話し始める。

「皆さん、ご覧の通り、空は晴れましたが、海は荒れ、ケーブルには近づけません。よって、地上との接続は、きょうはできません」

 期待を高めていた記者団は、怒号をあげる。しかし、広野は自信に満ちた様子を崩さない。

「その代わりに、今日は宇宙エレベーターを使った、世界初の光景をお見せします。カウントダウンを、どうぞ」

 翔子が、広野から指示された通り、大声でカウントダウンを始める。

「5、4、3」

 しらけた雰囲気の記者団の視線が痛い。

「2、1、ゼロ!」

 翔子が言い終えた瞬間、雲の途切れた夜空に、流れ星が一つ、二つ、流れる。記者団がざわつき始める。

 流れ星は次第に数が増し、光の筋が次から次へと夜空を横切っていく。まるで、星のシャワーのようだった。

 広野が記者団に語りかける。

「上空10万キロの彼方。宇宙エレベーターの最上部から、小さな金属片をまいてもらっています。金属片は大気圏で燃え尽きるまで、強い光を放ちます」

 広野が夜空を手で示す。

「人類史上初めての、人工の流星群です」

 記者団がどよめき、テラスの端っこまでカメラを運び出していく。

 広野が右手の親指を、空に向けて突き上げる。翔子は笑顔がこぼれてしまう。

「じゃあ、量を増やして、もう一度まきます。カウントダウンいきましょう」

 翔子が呼びかけると、今度は記者団からも「5、4、3」と声が上がった。

 

 

 2ヶ月が過ぎ、初稼働の公開日。海は穏やかだった。

 宇宙から降りてきたケーブルは、しっかりと施設の中心につながっている。記者を呼び集めたあの日から、実際に条件が整い、接続作業ができたのは実に1ヶ月もあとのことだった。公開なんて土台、無理な話だったのだ。

 ケーブルを、昇降機が行き来している。歴史的な初稼働の公開も、盛況だった。映像をたっぷりと撮り終えたカメラマンたちが、三々五々帰って行く。

 広報対応が一段落して、翔子と広野は施設のテラスに立っていた。翔子が言う。

「仕事、うまくいって本当に良かったです。特にあの流星群。魔法みたいでした」

「いや、こっちこそ感謝してる」

 広野が右手を出してくる。自然と翔子も手を合わせ、握手をする。

「園田が忍耐強く、記者対応してくれたからさ。あのときも、園田が携帯にとっとと、出ちゃうような奴だったら、打開策、思いつかなかったよ」

「携帯? ああ、星に願いを! それで流れ星を降らせようだなんて」

 広野さんって意外と、ロマンチストなんですね。そういうの、嫌いじゃないです。とは言わずにおいた。

 握手を終えると、広野が決まりが悪そうに、鼻の頭をかく。何だか、動きがぎこちない。

「あー、なんだ。たまには流れ星に願いをかけるってのも、いいもんだな。なんならもう一度、今、お願いしてみるか」

「え? いいですね。でも、そんなに都合よく流れるかな」

 気づけば太陽はほとんど沈み、視界いっぱいに星空が広がっている。

 広野と翔子が、それぞれ両手を合わせる。

 広野が照れ臭そうに言う。

「園田、もし、本当に流れ星がやってきたら、俺たち……」

 広野の言葉が終わらぬうちに、きらきらと夜空の片隅が輝いた。

「あっ!」

 翔子が天頂に目を向けると、さあっと、5つの流れ星が光の筋を残した。

「まだ早いっての」

 思わず口に出たらしい広野の言葉で、翔子は何となく察した。広野の思いに、乗ってあげようと思った。

「広野さん、大丈夫です。これからも二人きりで、一緒に流れ星を見ましょう」(了)